2018 セントアンドリュースプログラム

The Old Course Experience
St Andrews Programmes

セントアンドリュース ロイヤルエンシェントクラブ

セントアンドリュースプログラムでプレーできる7コース

オールドコース The Old Course
オールドコース 6721 yards, par 72

The Old Course
1457年にスコットランド政府(国王 ジェームス2世)のゴルフ禁止令の文献が残っていることから“ゴルフお初の地”として知られ、ホーム オブ ゴルフ(HOME OF GOLF)、ゴルフの故郷、ゴルフ発祥の地、ゴルフの聖地、メッカ等々と称されるセントアンドリュースにある最古のゴルフコース。
強いリンクスの風によって永い年月をかけて作られた自然の地形を最大限に生かしたレイアウトは「神の手」によって作られたといわれ続けている所以。ここでのプレーはまさしく巡礼。1873年からのジ オープンはこのコースで開催され、現在は5年に1度となり、どこよりも数多くのオープンチャンピオンシップが開催された伝説に名高い独創的なコース。
17番ホールのロード バンカーは有名で、世界4大メジャーすべてベスト10入りした日本人唯一のプレイヤーである中嶋常幸プロが1978年、このバンカーに9打を要して優勝のチャンスを逃し、彼の愛称からトミーズバンカーとも呼ばれる。4ホール(1、9、17、18)以外は全てダブルグリーンのレイアウト。
各ホールの説明、ティーグラウンドからそのホールを見渡した写真はこちらをご覧ください。

ニュー コース The New Course
ニューコース 6625 yards, par 71

The New Course
1895年オープン。ゴルフの急速な普及に伴い作られたコースで他のコースと区別するために「NEW」と命名された。オールドコースの隣にあるがゆえ国際的には過小評価だが、多くの地元ゴルファーには人気のコース。ゴルフの父と呼ばれるオールド トム モリス設計のコースで、その後、いくつかのバンカーと新しいティーが加えられたのみでほぼオリジナルのデザインのまま残っており、モリスのすばらしい仕事がいたるところに感じられる。独特のアンジュレーションがオールドコースと似ているとも言われ、スコットランドで最もすばらしいと評価を受ける4つのショートホール(5、9、13、17)や、巧みで短いものからきわめて難しいロングホールとバラエティーに富んだパー4と難易度も高く、オールドコースの前哨戦として挑戦するには適したコース。
1908年の没後17番ホールにはモリスの名が命名された。

ジュビリーコース The Jubilee Course
ジュビリーコース 6742 yards, par 72

The Jubilee Course
1897年オープン。ビクトリア女王の即位60周年を記念して「JUBILEE」と命名された。ニューコースと海の間の狭く細長い土地にわずか3か月で作られた12ホールのレイアウトで、当初は「養成所」と揶揄されるような女性と初心者向けの標準的なコースデザインであったが、1905年ウィリー オーチターロニー監修のもと18ホールの5330ヤード、1946年にはさらに6020ヤード、1989年にはドナルド スティールによりチャンピオンシップ規格へ再デザインされて6742ヤードとなり、現在ではすべてのゴルファーにとって手ごたえを感じられる難関コースとなった。ティーグラウンドが上げられ、リンクスの素晴らしい眺めとともに湾から入り込む風にさらされることになり、トッププレーヤーにさえかなり恐ろしいコース。
ウィリー オーチターロニーは生前、「このコースはいつかチャンピオンシップコースとなるであろう」と語った通り、オールドコースとはまた別にセントアンドリュースリンクスでもっとも過酷なコースといえる。1番ホールにはウィリーオーチターロニーの名が、その他は地元の一般公募で命名された。1番ティーの横にある「JUBILEE FOUNTAIN」はコース100年を記念したもの。

キャッスル コース The Castle Course
キャッスルコース 6759 yards, par 71

The Castle Course
2008年オープン。セントアンドリュースの7番目のパブリックコースとして中心から2~3マイル東に位置する220エーカーの広大な敷地に、デビッド マクレイ キッドによって設計された風光明媚なゴルフコース。バンドンデューンズの国際的な評価が認められての依頼はセントアンドリュースゆかりのスコットランド人として、また建築家としても興味の尽きる事の無い誰もがうらやむような仕事であったが、デビッドマクレイキッドは「町の期待に応えることは難しい」と自覚し、思わぬ困難に悩んだ末、この設計を自分自身が楽しむことと認識しながら完成させた。セントアンドリュース リンクストラストの予想をはるかに超えた厳しいコースと物議をかもしながらも、オープン初年に国際的に高い評価を受け、名門のゴルフ デザイン トップ100にランキングされる等、当初は賛否両論であったが時間の経過と共にグリーンの過酷さは残しながらも落ち着いたコースとなった。
コース名は中世にこの岬に建っていたキンケル城に由来し、コースロゴは1211年までの間、数世紀にもわたって地主であった貴族の家紋をヒントにデザインされた。

キングスバーンズ The Kingsbarns
キングスバーンズ 6559 yards, par 72

The Kingsbarns
キングスバーンズのゴルフは1793年に地元の男達が海岸線の砂地を利用してプレーしたことに始まる。1815年には「キングスバーンズゴルフィングソサイアティ」が設立され、春と秋にソサイアティメダル、ワインや食事をかけたプレイを楽しんでいたが1850年に農地に。
1922年には「キングスバーンズゴルフクラブ」として再設立され、ウィリー オーチターロニーの手により9ホールのコースがレイアウトされたが、第2次世界大戦開戦によりゴルフ場は徴用されコースは消滅。眠り続けたコースは2000年にようやく復興を遂げた。
アメリカ人カイル フィリップのコースデザインは、壮観な海岸の景色を利用して迂曲する伝統的なリンクスに現代の科学技術を調和させたコースで、瞬く間に評判を上げ、世界のゴルフコーストップ100に選ばれるまでになり、カーヌスティ(チャンピオンシップコース)、オールドコースに加えて、ダンヒルリンクスチャンピオンシップの開催地となっている。

カーヌスティ The Carnoustie
カーヌスティ 6941 yards, par 74

カーヌスティでのゴルフは1500年代に始められ、現在のコースの原型は1850年、アラン ロバートソンの手によって設計され、その約20年後にはオールドトムモリスによって18ホールに改修され、1926年にジェームスブライドによってチャンピオンシップコースに再設計された。例外なく賞賛を受けるブライドの仕事であったが仕上がりにいまひとつ欠けるものを残しつつ、その後1937年のオープンチャンピオンシップ直前に、ジェームスライトによって3つのホールが再設計され、名プレーヤー達に賞賛される現在のコースになった。
1931年からジオープンの開催は7回を数え、1953年に初出場、初優勝してコースを「攻めて地獄、守って奈落」と称し、6番ホール「Hogan's Alley」に名を残すベン ホーガン、ゴルフ史上最大の悲劇といわれた'99のヴァンデヴェルデ、'07にはプレーオフまでもつれた死闘の末にメジャー初優勝を果たしたパドレイグハリントン、これら数々の伝説が戦略性、難易度がとても高いコースだと物語っている。それとは対照的に、ここはたくさんの野生生物の生息に適した環境で隠れ家や繁殖地になっている。砂丘に咲くハマエンドウや大草原に咲くセイヨウカワラマツバ、セイヨウミヤコグサ、カラフトホソバハコベ、カラスノエンドウ、イトシャジンの美しい花々やマキバタヒバリなどの小鳥や雛の巣立ち、森に住むノロジカ。春や夏にはゴルフと同様に野生探索も楽しめるコース。

カーヌスティ The Duke's
デュークス 7512-5216 YARDS PAR 71

英国で最も優れたヒースランドコースの1つと考えられているこの卓越したチャンピオンシップコースは、1950~1960年代に全英オープンで5度優勝したピーター・トムソンが設計し、1995年にアンドリュー王子によってオープンした。セントアンドリュースからわずか2マイル内陸のクレイグタウンパーク内にあり、現在はオールドコースホテルが所有している。それぞれのホールには5種類のティーがあり、あらゆるレベルのゴルファーにアピールする柔軟性を持っている。
注目は2番ホール「Drumcarrow」。左のフェアウェイバンカーへの強いティーショットが不可欠だが、その後はグリーンまではまっすぐ、理想的なアプローチを可能にする。そして右側のグリーンサイドバンカーを避けるには、低いランニングショットか高いアプローチショットが必要だ。
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